将軍の食事
 
 将軍は、どんな物を食べていたのだろうか。贅沢な物を食べていたのだろうか。
 答はYESでもありNOでもあると言う所だろう。

 まず、平日の献立は
一汁二菜か三菜が基本で煮物と焼き魚程度であったらしい。家康からして健康のため、美食は月2、3度で良いとして、普段は軽食に心がけ健康に注意していたのだからその家康を神君として崇拝する将軍としては、さもありなんである。

 では、何が贅沢かというと、一に
特別に選ばれた食材が使われたということである。良い物を大量に仕入れ、その中から更に色・艶・形の申し分ないものを選び、それがカツオ節であれば2、3度削ったら、そのかつお節は使われないのである。

 2つ目には毎食将軍と御台所用(ただ、2人一緒に食事をとるわけではない。)として
10人前の料理が用意されたことである。10人前のうち、2人前は毒見で消える。本人達の前には当然一膳ずつ出されるのだが、肴に一箸つけると、その肴は下げられ、新しいものと交換される。更に一箸つけると、また、新しいものと交換される。そして、三膳目は作法により手がつけられなかった。

 つまり、肴は、
二箸分しか食べられないことになる。ただ、飯は3杯までOKであった。
 きっと、好物が出た時の一箸分は思いっきり大きかったに違いない。

 なお、食材で使わない部分(と言ってもほとんどが使わないのだが)は、
台所役人の役得であって、それを使って弁当を作り、売っていたというから何とも言いようがない。

 ただ、将軍・御台所の直接口に入る物であるから、台所役人の気苦労は相当のもので米も一粒一粒吟味したというから押して知るべしである。将軍の方も例え、異物が飯に混じっていたとしても、こっそり隠すようにしていたというが、それは表沙汰となれば何人の役人が腹を切らねばならないかわからないからである。

 こうした食事のこと一つとってみても、将軍もあまり楽なものではないらしい。